J.S.Bach ロ短調ミサ BWV.232

F. ブリュッヘン指揮 18 世紀オーケストラ他

2000 年 1 月 29 日 すみだトリフォニーホール

 東京に来て半年余りで、今夜はじめて音楽会に出かけたが、それを記念するに ふさわしい、素晴らしい演奏であった。

 2000 年はバッハ没後 250 年ということで、バッハの音楽があちこちで 演奏される。その中で、新日本フィルの本拠になっているすみだトリフォニー ホールでは、古楽器による3大宗教音楽の演奏会を企画している。第一回は ブリュッヘン指揮で、ロ短調ミサ曲が演奏された。

 まずホールについて。すみだトリフォニーホールは JR 錦糸町駅のすぐ 近くにあって、車で行っても隣のマリオットホテルの駐車場を利用できて 便利である。私は音響のことはよくわからないが、このホールの音響はとても 良かったと思う。3階席の先頭あたりで聴いたが、音のバランスが優れている ばかりではなく、残響がとても心地よく、(演奏もあるのかもしれないが) 合唱がフォルテで音をふっと切った際の余韻がたまらなく素敵で、何度でも 繰り返してもらいたいと思った。お客の入りもほぼ満席で、曲が終わった後に すぐ拍手するような無粋な人もいず、その意味でも心地よかった。

 ブリュッヘンはリコーダー好きの人にとっては神様みたいな人ではあるが、 何年か前、一度だけ 18 世紀オーケストラで、モーツァルトかなにかをやった 演奏会を聴いたときには、正直言ってピンと来なかった。ただ、いつだったか テレビでモーツァルトのレクイエムを、フリーメイソンの葬送音楽などと一緒に 演奏しているのを聴いて、なかなか良かったので、今回もそれなりの期待はして いたが、まさにその期待にたがわぬ演奏だったと思う。私はこの曲をいわゆる オリジナル楽器で聴いたことはなく、おそらく現代のスタンダードからは かけ離れてしまっているであろうリヒターの演奏で親しんできたため、彼の 演奏の解釈について、まっとうなコメントはできないと思うが、とにかく かなり速めのテンポで、起伏も激しく大きな盛り上がりを作っていたように 思った。

 おそらく、今夜の名演奏の最大の功績は、合唱のグルベンキアン合唱団に 帰せられるのではないかと思う。ミッシェル・コルボを首席指揮者とする ポルトガルの合唱団らしいが、今夜は全部でおよそ 30 人で、声も美しく 複雑なフーガを歌っても、テンポがどんなに速くてもバランスがとれていて、 すばらしかった。特にグローリアやサンクトゥスを歌うときの輝かしい 盛り上がりは休憩時間になってもしばらく頭の中をこだまし続けていた。 ただ、ラテン系の合唱団ということからくる偏見かもしれないが、冒頭 キリエの痛切さや、何ヶ所かにある神秘的な響きのところの奥深さは少し 欠けているかなとも思った。

 ソリストについては、出番が少ないこともあって、あまりよくわからな かったが、格別の名演とまではいかなかったかもしれない。比較的印象に 残っているのが、一方のソプラノ(多分マリア・クリスティーナ・キールと いう人)で、アルトやテナールとの二重奏がとても美しかった。

 オーケストラについても、うまく書き表せないが、低弦部が合唱の伴奏を しているときにとても美しく溶け込んでいたことや、どこだったか合唱と 一体になってとても神秘的な音を奏でているところがあった。また、 フルートの音が心に沁みた。私はどちらかというとバッハ演奏をどの団体も オリジナル楽器でやっていることに疑問をもっている方だが、たしかに 今夜の演奏などを聴くと、オリジナル楽器で聴いた方が、全体が鋭角的に なる分、金管やティンパニの音が突出しなくなるように思えた。

 名演奏だったと感じたのは私だけではなかったらしく、全体の演奏が 終わった後の拍手は、暖かく心のこもった感じのもので、指揮者も独唱者も 何度もステージに呼び戻されていた。シリーズの第2回は、5月にヘレヴェヘ 指揮のヨハネ受難曲である。だが、こんなによい演奏会に出会うと、もっと 別のものにも行ってみたくなってしまう。


(C) Kenta Nakai