J. K. Rowling "Harry Potter and the Goblet of Fire"

 おなじみハリー・ポッター・シリーズの第4作、なんと か日本語訳がでる前に読んでしまった。というか、実際に は、3分の1ぐらいを過ぎたあたりから勢いがついてきて、 あっという間に読めた。一般のシリーズものの常識を裏切 って、このシリーズは巻が後になるにつれて面白さが増し ているような気がする。これは本当に驚くべきことで、作 者の Rowling 女史が第5作の執筆に難渋しているとして も無理はないと思う(すでに4作目では次作への期待を大 きく膨らませてくれる材料がいくつも提示されている)。  この第4作はこれまでの3倍ぐらいの長さがあるが、中 だるみはまったく無くて、とにかくいろいろな面白さが詰 め込まれている。読後の一番の印象は、物語の一種の力強 さに快く酔わされたというものであった。とても強大な悪 にいやおうなく対峙しなくてはいけなくなったときに、ど うするか。いろいろなパターンの対応をする大人たちがで てくる。それらはいちいち現実世界の大人たちのパロディ になっている。ハリーはもちろん勇気をもって、悪と対決 するのだが、ハリーが赤ん坊のときに生き延びることがで きたのも決してハリーが生まれながらに卓越した魔法の力 をもっていたからではないことが、今回明らかにされる。 それでますますサスペンスが強まるし、ハリーの不安の描 写に読者は感情移入しやすくなった。

 一方で、見過ごしてはならないことに、この物語は、あ る意味で善玉と悪玉の戦いという単純な構図でありながら、 一見悪そうな人が味方だったりとひねりも加えてあるし、 何より偏見への戒めというメッセージが強烈である。二元 論的な世界の対立を扱った子供の本ということで、ル・グ インのゲド戦記と比較してみたくなる。格調の高さは後者 が上だが、ハリー・ポッターのシリーズの方が、より多面 的なおもしろさをもっていて、人間的なぬくもりや親しみ やすさの点でもこちらが上だろう。

 しかしこのシリーズの一番の特徴はなんといっても、推 理小説のように周到に張り巡らされた伏線がラスト近くで 次々に生かされてくるのを知る快感ではないだろうか。そ の傾向は特に3作目で顕著だったが、もちろん4作目でも 遺憾なく発揮されている。むしろ、作者の苦労は、魔法を 使えばどんな展開にもできてしまうところをいかに説得力 をもたせて展開させるかというものだったのではないか。 この作者の苦労は今回も十分に達成されているといっても よいだろう。

 物語が長くなっただけあって、単なる筋の運びにはらは らするだけでなくて、他にもいろいろな要素で楽しめる。 今回特に顕著だったのは、前述した通り、我々マグルの世 界をパロディとして描いたところだった(ワールドカップ で大騒ぎした日本人の多くはにやりとさせられるだろう)。 従来通りの学園ものとしても、思わず引き込まれる描写が いくつかあった。たとえば、主人公達の友情や恋愛への目 覚めの描写がすぐに思い浮かぶが、主人公の課題を前にし ての緊張感の描写にも引き込まれた。ただ、よその学校の 人たちとの交流の描写はもっと書いてほしかった(特に後 半)。いろいろな意味で、難しい立場にあるクラムについ ては、続きの巻でもっと描写されるのだろうか。

 このシリーズが児童文学の古典になることは間違いない ものと思われる。まじめな大人が読むものではないかもし れないが、これだけ精巧に織り上げられた物語は、本物の 子供よりも、むしろ子供の心をもった大人にこそアピール するのではないかと思う。大人の方もぜひ馬鹿にしないで 試してみていただきたい。


(C) Kenta Nakai