無伴奏チェロ音楽の領域

3日連続演奏会「天・地・人」

ジャンギアン・ケラス (vc)

2002 年 11 月 15-17 日 すみだトリフォニーホール

 私にとって、今年の「芸術の秋」の目玉は3日間連続で 一人のチェリストの無伴奏演奏につきあうというものだった。

 Jean-Guihen Queyras という若手チェリストの名前は吉田 秀和氏が朝日の音楽展望で紹介されていたので知った。非常に 腕のたつ人で、P. ブーレーズの楽団で首席チェロ奏者を務める など、現代音楽を得意にしているとのことである。そのケラスが 自ら3日間連続演奏会に際して選曲を行い、日本の華道の流儀に ならって、天・地・人をそれぞれ主題にしたプログラムを組んだ (ただし、その順番は、地・人・天だった)というので、少し 好奇心をそそられて、錦糸町まで出かけてみた。

 舞台には大きな松の木がセットされていた。実際にみるケラス 氏はひょろっとしたどこにでもいそうな青年で、なんのもったいも なくさっそうとした感じ。そしてその演奏ぶりも過度な思い入れ なく、チェロと対話しているようであった。現代音楽の曲目には まさしくありとあらゆるといった感じでいろいろな奏法が含まれて いたが、彼の演奏はどこまでもとても美しい音で、説得力に富み、 どんな難しいパッセージも楽々と弾きこなしていた。ちなみに、 前から4列目中央に座っていたことと、ホールの音響設計がすぐれて いるために、非常にデリケートな音までよく聞こえてうれしかった (後ろの方に座っていた人はどうであろうか)。

 3日ともにバッハの無伴奏チェロ組曲が含まれていたが、面白い ことに、3日ともその印象がかなり異なっていた。 初日は第一番をきっちり弾いていて、どちらかというと均整美の ようなものを狙っているように思われた。アンコールでは第2番の 抜粋をやって、その痛切さは直接胸をつくものがあったが、過去の 大家たちの演奏と比べて特に強い印象は受けなかった。二日目は 3番とアンコールで4番の抜粋をやったが、ここでは思い切って 自由に(崩して)弾いていて、いわゆる練習曲風の退屈さはみじんも 感じさせなかった。そして最終日は5番とアンコールで再び4番を とりあげたが、特に5番は深く重々しい音色で、老大家の演奏と 言われても信じてしまいそうな演奏だった。もちろん、彼の演奏の 特徴である明せきさ、シャープさは失われてはいないのだが。

 3日間を通じて、日本人の作品を含め、たくさんの現代作品が 紹介された。先にも書いたようにいろいろな奏法があって楽しめたが、 私としては感動するには至らなかった。ブリテンの作品は意外と難解な 感じでびっくりした。初めて聴いた曲で一番感銘を受けたのは、 カサドの無伴奏チェロ組曲で、高貴な美しさを持っていた。もちろん 今回演奏された曲はすべて無伴奏作品なので、いずれも内向的な 精神美をもっていたと言える。最終日は特に、曲が終了しても 奏者が 30 秒ぐらい目をつむって瞑想していることが多く、それに じっとつきあう聴衆の姿と共に、強い印象を残した。


(C) Kenta Nakai