明治学院バッハ・アカデミー第8回演奏会

園田高弘ピアノ・リサイタル

2001年5月24日 明治学院白金チャペル

 樋口隆一氏主催のバッハ・アカデミー企画の2001年度第2弾は園 田高弘氏によるピアノ・リサイタルであった。同氏の演奏を聴くのは 初めてだったが、プログラムが非常に趣味にあっていたので、一年の 企画の中でも特に楽しみにしていた。結果は、特にベートーヴェンの 演奏で至福の時を過ごすことができた。

 今回のプログラムは、バッハの「半音階的幻想曲とフーガ」、ベー トーヴェンの「ピアノソナタ第31番」、ブラームスの「6つの小品」、 そしてシェーンベルクの「ピアノ組曲 op.25」であった。シェーンベ ルク以外は私にとって特別大切な作品ばかりであるばかりでなく、単 に大作曲家の代表作を集めたというのではなく、ある意味で性格が似 ているともいえるし、対照的ともいえる作品群で、「バッハからシェ ーンベルクへ」という今年度のテーマともぴったりきて、しかも相互 に関連性の感じられる素晴らしいプログラムなのである。ちなみに、 このプログラム編成は演奏会の前にあった樋口氏と園田氏のあいさ つでも樋口氏が絶賛しておられた。

 一曲目の「半音階的幻想曲とフーガ」は、バッハの作品の中でも例 外的といってもいいほど、ロマン的というか、奔放な感情の表出が見 られる。園田氏の演奏はいたずらに感情に流されないで、がっしりと した感じの演奏で好ましかった。

 二曲目の「ピアノソナタ第31番」は、ベートーヴェンの後期のソ ナタの中でももしかしたら最も「後期らしさ」がよくでた作品で、古 典的な構築美よりも、ロマン的というか、ちょっとシューマンを思わ せるような気まぐれな感じの曲である。そして、第3楽章は「幻想曲 とフーガ」の構成を示しており、今夜の演奏会でこの曲が選ばれなく てはならなかった理由は明白であった。実は、これまで私は最後の3 つのソナタの中ではこの曲の魅力は他の2曲と比べるとちょっと落 ちるかなと思っていたのだが、今回の演奏はあらためてこの曲の素晴 らしさを思い知らせてくれた。どこがどう素晴らしいのかを言葉で説 明するのは難しいが、巨匠の年輪みたいなものが、演奏者についても 作曲家についても放射状に伝わってくるような感じであったと言っ ておこうか。ペダルのことはよくわからないが、時に音が鈍い輝きを 示すことがあり、なんとなく作曲者が涙で泣きはらしたような顔を連 想した。

 ところが、休憩をはさんでのブラームスはなぜかミスタッチの連続 で、目を(耳を?)覆いたくなるようなひどい出来になってしまった。 たしかに地味な印象のわりには難しそうではるが、おそらくこのピア ニストにとって自家薬籠中の曲であることを思うと、とても残念であ った。ともかく、ベートーヴェンの晩年とブラームスの晩年の共通点 と相違点についてしばし思いを巡らせた。また、この後期ロマン派的 情緒がシェーンベルクらにつながっていく音楽史上の必然も、20世 紀音楽にうとい私でも少しは感じ取ることができた。

 最後のシェーンベルクははじめて聴く曲で、園田氏もはじめて楽譜 を広げたので、それほど始終演奏している曲ではないのだろう。しか し、ここで彼が見せた気迫は並々ならぬもので、なかなか聞き応えが あった。バロック時代の組曲のスタイルを意識した曲で、あらためて 全体のプログラム構成の秀逸性に感じ入る。曲自体は12音技法でか かれていて、正直言って、「よくわからないけどすごい!」という印 象であったし、前夜あまり寝ていなかったので、最後の方は少々疲れ てしまったが、新しい世界をかいまみることができて収穫だった。

 まったくの余談であるが、その夜、家に帰ってみたテレビ番組「プ ロジェクトX」には音楽会よりもさらに感動させられた。これも善意 に解釈すれば、音楽会によって心がほぐされて、感動の素地が出来て いたのかもしれない。


(C) Kenta Nakai